ビリージョエル「ストレンジャー」(30周年記念盤)

vozrecords2008-09-22

 前に読んだ小西康晴さんの「ぼくは散歩と雑学が好きだった」のなかで、(音楽の)初期衝動はとっくに忘れてしまった、はじめから僕は音楽を仕事としてやっている、という主旨のことが書かれていて、頭に残っている。あえてそういうことを言うってことは、100%の本心ではないんじゃないか、音楽マニアのクリエイターの代表格のように捉えられることへの異議なのか、プロとしての矜持なのか、などと言葉の真意をはかろうといろいろ考えてしまった。

 と、いうのも僕は、二十数年の間、音楽ファンとしての部分をあまり損なわれることなく来てしまって、(幸か不幸か、と言えば、個人的な感情としては幸で、客観的なビジネスの目線としたら不幸だ、、)、三十代終わり頃から音楽ビジネスに関わるモチベーションをあげるために、時折自分の初期衝動の確認作業が必要になった。初期衝動の確認作業というのは具体的に、十代の頃夢中になった曲を聞き直して、当時自分にわき上がってきた感覚を思い出すことだ。やっぱり昔の曲の方がいいなあ、で終わってしまったら職業人としてはマズいので、、、。まだ疲弊していなかった時の自分の耳に戻して(というか暗示をかけて)、ふたたび新しい音楽に対峙するのだ。上記の小西さん的な視点からみたら、ずいぶん甘っちょろいスタンスだなあ、とも思うが、そんな感じでここまでやってきたので後にはひけない。

 さて、僕の一番の初期衝動と言えば、自分のこずかいで初めて買ったアルバムである、ビリー・ジョエルの「ストレンジャー」かもしれない。(ちなみに初めて買ったシングルはダウンタウン・ブギウギ・バンドの「カッコマン・ブギ」だ)オープニングの「ムーヴィン・アウト」のイントロを聴いただけで、中学生の自分の感覚がわずかだがふわっと戻ってくる。この年齢の頃に夢中になった音楽なり、映画なり、漫画だったりというのは、人格を作るのに間違いなく影響を与えてると思う。そう考えると、今そういうビジネスに関わっている人も生半可なことはできない。

 さて、少し前にその「ストレンジャー」の30周年記念盤が発売になっていて、そこに入っている78年当時のライヴDVDが気になっていたのだが、ようやく見ることが出来た。文句なしで今まで見たビリージョエルの映像の中で一番だと思う。もちろん、80年代以降のエンターテイナーぶり全開のライヴも楽しいのだが、アーティストとしてのムードというか匂いはこの頃が一番鮮烈だ。当時のプロモ用のライヴ素材の「ストレンジャー」と「素顔のままで」も入っていて、中学生当時僕はテレビでこの2曲の映像を見た記憶があるのだけれど、これだったのか、とようやく判明した。
 それから、メイキング・ビデオもあって、当初プロデュースはジョージ・マーティンに頼んだとか、アルバムの曲はヴォーカル含めほとんど1発録りだったという話にも驚いた。僕は自分が関わるレコーディングは、細かく直して精度の高いものにするより、一発録りで感じられる「気」みたいなものを大事にする傾向があるんだけど(予算の問題ももちろんあるけど、、)、原点はここにあったか、と勝手にこじつけて納得したりもした。