雨にぬれても

 人生で最も好きな曲は?と聴かれて即答できる人は少ないだろう。すぐ答えられる人は案外、普段音楽をあまり聴かなくて、カラオケで歌う曲は決まっている年配の人か、逆に音楽に夢中になりはじめたばかりのローティーンの子かもしれない。
 僕はけっこう音楽オタクだし、長いこと仕事としても関わっているので、膨大な量の音楽を聴いている。好みもその年代年代で変わるし、「誰が、もしくはどんな曲が一番好きなの?」という質問に答えるのは正直無理だった。そこで、7〜8年くらい前だろうか、自分の好きな曲NO.1をもう"力づく"で決めて、自分に「これがお前の一番好きな曲だ」と言い聞かせることにしようと思い立った。(他人にはまったくどうでもいいことだけど)
 いくつか浮かんでくる曲を書き留めていったのだが、意外なほどスルスルっとNO.1が決まってしまった。B.Jトーマスの「雨にぬれても」(もちろん作曲はバカラック)だ。

 最初に聴いたのは小学生のときで、イージーリスニング楽団の演奏するものだった。父親がいつも車でかけていた「映画音楽全集」みたいなカセットに入っていた。運転が荒く僕はいつも車酔いしていたので、朦朧とした意識の中でこの曲のメロディーがリフレインしていたので、あまりいい思い出ではないが、猛烈に刷り込まれた。今も、この演奏していた楽団を探してるんだけどまだ見つからない。先日ヘンリーマンシーニのヴァージョンも聴いたけど違っていた。

 次は中学生のときにTVで映画「明日に向かって撃て」を見たときだ。ポール・ニューマンキャサリン・ロスを自転車に乗せて走る有名なシーンだ。(このシーンで使われるヴァージョンは「On A Bicycle Built For Joy」という別のタイトルがついている)「いつかこんな感じの男になりてぇーなあ」と思った。繰り返しこの映画を見ると、とてもよくできてるけどそんなにスゴい映画ではないなあ、と思うんだけど、この自転車のシーンになると中学生のときの思いがフラッシュバックする。

 そして、なんといっても歌詞だ。「雨がずっと僕の頭をぬらしている。ベッドから足がはみ出している男みたいに、あらゆることが自分にフィットしないんだ」(僕の勝手な訳)同じような思いの人は多いのかもしれないけど、世の中と自分がしっくりこない、という感覚。人生は基本はいつも雨降り(もしくはどんよりした曇り空)、晴れた日が来てもつかのま、みたいな感覚。これは僕の中にものすごく強くある。
 でも「雨がつれてくるブルーな感情は僕を打ち負かしはしない。幸せがいつか近いうちに僕に挨拶にくるさ。」「雨に文句は言わない。僕は自由だから何もくよくよすることはないさ」(再び勝手な訳)。がんばれば幸せになれる、みたいな嘘っぽい必死さはない、「ついてないけど、しょうがないなあ、けどなんとかなるか。」みたいなニュアンスが、僕にはなんだかすごく「フィット」した。僕はけっこうくよくよしながら生きてる人間だが、この歌を聴くたびちょっと気持ちが軽くなる。

 好きな曲NO.1を決めることは、自分の音楽の嗜好を明確にして情報過多な時代のなかでひとつの標準になるけど、新しいものをどん欲に聴く可能性をせばめる恐れもあるので、あまり若い人には薦めない。僕にはとても必要なことだったけど。


「On A Bicycle Built For Joy(二人の自転車)」