「ぼくは散歩と雑学が好きだった。」小西康陽

vozrecords2008-06-09

 小西さんには一度だけお会いしたことがある。かなり昔だから、ご本人はおぼえていないとは思うが。
 ピチカートファイヴの「月面軟着陸」のときだから、1990年。もう、18年もたっている。僕がソニーの仙台営業所に勤務していたときに、仙台にアルバムのプロモーションにいらして、ただ、僕は宣伝マンじゃなかったので直接仕事は関係はなかったのだが、営業所で一番「レコードおたく」だったので、プロモーションの空き時間に小西さんが喜びそうな中古レコード店に連れて行ってもらえないか、と頼まれたのだ。
 当時僕は数年前に「ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ」のアルバムに感銘を受けてから、60年代のソフトロックやポップスをチェックしていて、小西さんも雑誌などでそういう音楽を積極的に紹介されていたので、そういったLPを仙台で一番在庫していた「パラダイス・レコード」がいいんじゃないかと思った。
 お店に入ると、小西さんは当然ポップス、ソフトロックのコーナーに行くと思いきや、ほかは見向きもせずサントラ盤のコーナーに直行し、勢い良くエサ箱をチェックし始めた。そして、その後はイージーリスニング・コーナーへ。時間が限られていたこともあったが、ポップ、ロック、R&Bのコーナーはまったく見なかったと思う。
 結局2~3枚、購入されて、どんなアルバムか興味があったので見せてもらったのだが、「黒いジャガー アフリカ作戦」と「世界残酷物語」のサントラがあったのは覚えている。「東京じゃ、こんな安く買えないですよ。」とうれしそうだったので、僕もほっとした。夜は、食事をしながら、南沙織の何の曲が好きか、みたいな話もしたと思う。
 やがて、僕も東京に転勤になり、DJの間で古いサントラなどが流行していることを知り、小西さんの薦めるものや「サバービァスィート」などを参考にLPを買いあさった。「黒いジャガー アフリカ作戦」や「世界残酷物語」も買ってみたが、当然パラダイスレコードより高かった。

 アーティストの薦める音楽をチェックした、ということでは、僕の場合山下達郎さんと小西さんが双璧で、小西さんの前作「これは恋ではない」も買ってそこで紹介されている音楽はけっこうチェックしてみた。給料やボーナスのほとんどをLPにかけていた時期だ。
 ただ、6~7年前に天の声が聞こえて(ただ、このままLPを買ってたら破産するぞ、と自分で自分に警告しただけかもしれないが)、レコード収集をやめて、一気に売ってしまったのだが、そうすると、小西さんはじめ、世界中のレアな音源を発掘しているDJの人たちの仕事にも興味がなくなってしまった。

 ただ、今回の新刊はなんか気になって読んでみた。もともと、小西さんには、ポップでおしゃれなものをやっていても、どこか「悲しくて重い固まり」みたいなものが感じられるところがあって、そこに惹かれてもいたのだが、しばらくその仕事をチェックしていない間に、その「悲しくて重い固まり」の質量が一気に増しているような気がする。「これは恋ではない」みたいな、「ヘー、こんな音楽、映画があるんだ、」というワクワク感はもはやなくて、音楽家の、ある意味”壮絶な日々の記録”みたいなニュアンスが強いように僕には思えた。極端な言い方になってしまうが、植草甚一的な印象を与える装丁をされているが中身は色川武大的なやりきれなさや無常感、がにじみ出てくる本だ。そういえば、色川武大という人もかなりのコレクター(芸能雑誌や古い映画など)だったらしい。