デジタル音楽の行方

vozrecords2008-05-20

 CDが売れなくなった、とか、インターネットによって音楽ビジネスはどう変わっていくのか、など、これはもう音楽業界人じゃない人でも普通に口にする話題だ。音楽に関わっている人間なら誰もが想像したり、また不安を覚えたりしない人はいないだろう。そして結局、不確実な未来のことなのではっきりとはわからないまま、目の前の仕事にとりあえず向かっているかもしれない。
 こういう僕も音楽の世界の未来の展望をはっきりと確信することができないまま、手探りしているのが正直なところだ。そんな中で僕の知る限り、音楽業界の未来に関して、業界紙など別にして、一冊の本として最もわかりやすいビジョンを提案しているのが、この「デジタル音楽の行方」だ。2年くらいに出たのだが、正直とても興味深かった。頭の中で漠然としていたものが、整理された。
 最近またぱらぱらと読んでみたのだが、ここで提案されていたことは、古くなるどころか説得力を増しているように思える。
ここで明言していることは、業界全体が音楽配信にシフトしても、かつてのCDの売り上げ規模にははるか及ばない、ということだ。ただ、アーティストはパッケージを売ること以外で、その不足分、もしくはそれ以上を売り上げる可能性がある。ライヴ収入、アーティスト・グッズ販売、企業とのタイアップなど複合的なビジネスをするのだ。
 アーティスト自ら、ネットやライヴでユーザーと積極的に交流していくのが普通になってきているが、そこをいかにもっと踏み込んだことができるかが大事な気がする。今後のアーティストは大変だ。ただいい曲や音源を作っているだけではすまない、きちんと自身をプロデュースし、PRする術に長けなければいけない。大変だけど、成功すれば、かつての音楽業界では経験できなかったタイプの、充実感を得られるのは間違いない。
 では、レーベルはどうなのか。レーベルやっている僕が言うと身もふたもないのだが、かなり存在意義がなくなっている。では、プロデューサーとは?レコーディングが誰でも安価でできる現在、ただノウハウがあるだけではもう通用しない。ただ、はっきりしていることは、レーベルもプロデューサーもCDなどのパッケージを作ることだけで仕事が完結する時代は終わったのかもしれない、ということだ。マネージャーやPRマンみたいな技能も必要になるのかもしれない。とにかく今後はかつての業界とは違った、新しい業務分担が生まれてくるかもしれない。
 僕もはっきりしたことが、まだわからないが、とりあえず一度今までの慣習をとっぱらって、アーティストがいて、曲があって、ユーザーがいる。というシンプルなところに視点をそぎ落として、そこにどう機能的に関われるか考える、そうしたら、何かレーベルとして、またはプロデューサーとしてのポジションが見えてくるように思っている。まずは「ここからここまでがオレの仕事」みたいな線引きはやめてしまおう。

 僕がレーベルを始めた動機のひとつに、世の中のメジャーレーベルによる”でかいヒット”じゃないといけないみたいな風潮に疑問があって、アーティストがそれぞれに見合ったビジネス規模でやれるべき、小さいサイズでも人から見たら「魅力的な成功」になるかもしれないじゃないか、というのがあった。服屋や飲食業ではすでにそういう「自分スタイル」が確立しているのに、なんで音楽業界だけが、、という気持ちだ。それも、インターネットによって可能になればいいなあ、と思う。

 さて、この本で提案されている理想の未来図は「水のような音楽」だ。蛇口をひねるように誰でもフリーで音楽にアクセスでき、「エビアン」が飲みたかったら買うように気に入ったものにはお金を出す、そして、その売り上げがアーティストに平等に配分される、といったものだ。
正直、僕は年代的にはLP,CDというパッケージにものすごく執着があって、配信にはなかなか明るいビジョンを持てなかった。でも、大事なのはパッケージ自体じゃなく、パッケージの中の音楽にいとおしく接した記憶(LPに針を落として曲が流れる瞬間を息を飲んで待ったこと、など)だったんだなあ、と思う。だから「水のような音楽」はいいことだけど、「水のありがたさ」が実感できる環境であってほしいと思う。