ベイビーフェイス ”プレイリスト”

vozrecords2008-02-07

 Babyfaceの「THE DAY」というアルバムがリリースされたのは1996年、今から10年以上前だ。80年代半ば頃から僕は熱心にブラックミュージック,R&Bを聴いていたのだが、その当時一番惹かれたのがこの人だった。だから、彼のアルバムの担当ディレクターをやることになったときは、本当に嬉しかったことを覚えている。
 そして、彼本人に初めて会ったのは「THE DAY」の世界的なリリース・パーティーがロンドンで行われたときのことだったが、そのときの彼の様子は印象深かった。インタビュー用のおさえられた、ホテルのスィート・ルームに彼は気配を感じさせることすらなく、本当に静かに入ってきた。部屋の中央にあるゆったりしたソファーに座るよう彼にすすめると、彼は「ああいうソファーは居心地が悪いんだ。」と、ダイニングから簡素な木の椅子を自分で持ってきて、とても”浅く”腰掛けると「うん、はじめていいよ。」と静かにインタビューに答え始めた。
 仕事がら、多くの黒人アーティストと接してきて、だいたい共通して感じたのは、自分の内側のエネルギーを抑制なく外に発散しているような感覚だったのだが、彼は全く違っていた。本当に内向的で、表面には出てこないが慢性的な憂鬱すら感じているのではないかとすら、思ったほどだ。そのときいくつかのインタビューに立ち会った中で最も印象深かったのが、アルバムにゲスト参加しているスティーヴィー・ワンダーについて語ったときだ。「幼い頃から、いつかあんな曲を書けるようになりたいと願ってきて、今もそれは変わっていない。」多くの黒人アーティストが口にするあたり前の賛辞にも受け取れるが、その言葉を発した時の彼の表情には、ある種の無力感というか、自分の才能に少しいらだっているかのような気持ちすらあるのではと思わせる感じが、僕には伝わってきた。

「いつになったらオレはスティーヴィーワンダーみたいな曲を書けるようになるんだろう、、、」
(これは全く僕の想像の台詞だけど。)

 まったく、自分に満足していないのだ。当時、間違いなく世界で最もヒット曲を書いていたソングライターで、総売上は1億枚以上と言われていたのに、だ。そのときの僕の推測でしかないのだが、彼はチャートだったり売り上げなどを、自分の成功の基準にしていないのだ。自分が昔聴いた名曲のようないい曲を書きたい、その試みを、葛藤を何年も続けてきている人なのだ、と直感した。そして、なぜ僕は彼に惹かれたかという理由もわかった。
 それ以降、僕の彼に対する認識は世界最高のヒット・プロデューサーでもなく、天才的なメロディーメイカーでもなく、孤独でストイックなシンガー・ソング・ライターに変わった。
 「THE DAY」のプレス用資料で、この時代最高のソングライターの自演作品ということで「このアルバムは90年代の「つづれおり」だ。」と書いて、某有名音楽評論家の方からこきおろされたりもしたのだけれど、そこには、当時彼と並ぶ大物プロデューサー、ジャム&ルイスやテディ・ライリーなどより、70年代のシンガーソングライターに近い彼の佇まいを感じたという気持ちもあった。

 そして、先日彼の新譜「プレイリスト」がひっそりとCDショップに置かれていて、さすがにかつてのような栄華はないとはいえ寂しいなあ、と思いながら手に取ってみてちょっと驚いて、さっそく買い求めた。内容はほとんどがカヴァーでしかも、主に70年代の白人男性フォーク・シンガーの曲をとりあげている。いきなりジェイムス・テイラーが2曲続く。僕がこの世で最も孤独感を感じる曲「Fire and rain」に、あのときの彼の様子がフラッシュバックする。前にブログで書いたダン・フォーゲルバーグ「ロンガー」もオリジナルに忠実にやっている。(このアルバムではこのカヴァーが一番好きだ。)
 全体的に飾り気がなく淡々としたアルバムだ。ただ、じわじわと感じるものはある。今のトレンドからすると、きっと売れないだろう、とも思う。ただ、本来の彼はずっとこうだったのだ、と思う。ブームが去ってようやく、彼は自分らしいアルバムを作ることができたのだ。
 アルバムの自分の名前の表記も「Babyface」から、本名を入れた「Kenny"babyface"edmonds」にしたのも、やっと自分らしいことが出来た、そんな思いがあったからではないかと思った。