ダン・フォーゲルバーグ

vozrecords2008-02-01

 ダン・フォーゲルバーグの「ロンガー」が大ヒットしていたのは、確か僕が高校一年の頃だ。1月くらいだっただろうか、僕は風邪で高熱を出して、学校を休んだ。そして、その日は家でカセット・テープに録音した「ロンガー」を繰り返し、繰り返し聴いた。弱った身体にはいつも聴いているロックはきつかったし、ブラック・ミュージックはこってりしすぎたのだろう。うん、うん、うなりながら、ときにはぼーっとしながら、カセットデッキに手を伸ばして、ただただ「ロンガー」を聴いていた。たまに窓辺に立って、前の日から降り始めた雪が静かにでもたっぷりと積もっていくのを眺めていた。(僕の故郷の新潟は雪には相当恵まれている)もうその一日にそれ以上ぴったりくる曲はなかった。
 それ以来、風邪で熱が出たり、朝起きてカーテンを開くと雪が積もっていたりする朝は、”パブロフの犬”のように頭の中を「ロンガー」が流れ始めるようになった。そういうとき以外にはダン・フォーゲルバーグの歌は思い出さないと言ってもいいくらいだ。先日も東京でも雪が降るとTVの天気予報で聞いたとたんに「ロンガー」が聴きたくなった。まったく冬の歌ですらないのに、不思議なものだ。ただ、彼のCDはベストしか持っていなかったことに気づいて、翌日「ロンガー」の入っているアルバムを買いに渋谷のタワーレコードに行った。そして一枚だけ面出しされている彼のCDに添えられた小さな手書きのコメントカードに、彼が昨年12月に前立腺ガンでなくなったことが書かれていてびっくりしてしまった。
 今話したように僕はけっして彼のファンというほどではなかったのだが、彼の「ロンガー」ともうひとつ「懐かしき恋人の歌」という曲を初めて聴いた頃の自分をとりまいていた”空気”のようなものをなんとなく思い出すことができる。そして、そんな記憶に引き寄せられるようにして、彼の「イノセント・エイジ」というアルバムを今聴いている。これは「ロンガー」の大ヒットを受けて、彼が次にリリースしたアルバムで、2枚組の大作だ。2枚組というと、ビートルズ"ホワイトアルバム"、ストーンズ「メインストリートのならず者」、エルトン・ジョン「グッバイ・イエローブリックロード」、スティーヴィー・ワンダー「キー・オブ.ライフ」など、神様が配分を誤って大量に創造力を与えてしまったようなアーティストだけが成功させられるようなものだ。正直言って、彼にはそういった人たちのような超人的な才能はないと思う。しかし、この「イノセント・エイジ」は内容、セールス(全米チャート最高6位、TOP10シングル3曲、もう一曲もTOP20に入っている)ともに十分な成果をおさめている。それどころか、彼のキャリアの最高傑作と言ってもいいだろう。
 自分のやるべき音楽を十分に理解し、それを100%の”誠実さ”で妥協することなく完遂させた成果がこの作品だと思う。超人的な才能ではなくとも、ここまで高い到達点に達することができるということを教えてくれる。そこには自分の才能を現実より大きく見せようなどというエゴはない。等身大でありながら、胸に秘めた志の高さとはっきりとしてブレのない意志が、作品の質を自然に持ち上げている。そして、そういう音楽は、聴いていてなんとなくこっちまで心強い思いにさせてくれる。ちょっと心や身体が弱ったときには、聴きたくなったわけがわかったような気がした。