ピアノマン〜スティーヴ・ギブ

vozrecords2007-11-16

 貪るように洋楽を聴いていた中三の頃(1979)、ケニー・ロジャースの「She Believes In Me」というバラードがアメリカで大ヒットしていた。その後、似たタイプのバラードがアメリカでも日本でもたくさん作られたので、ひとつのバラードの"型"を作ったスタンダードとも言えると思う。そして、その曲の作詞/作曲をしていたのが、スティーヴ・ギブだ。
 名曲の割にカバーされていない曲なのだが、その原因のひとつが、売れないシンガー・ソングライターが主人公という特殊な状況設定にあるのかもしれない。売れない自分なのに信じてくれている彼女がいて、「こんな俺のどこに彼女は美点を見出しているのかわからないけど」とか「いつか昔、君に恋人になってくれたら俺のこの歌で世界を変えてみせると言ったことがあったけど、俺は間違っていた、、」とか葛藤しながらも彼女がいるからがんばれるという内容で、なんか意訳をすると妙に安っぽくなるけど、本当はきちんと抑制の利いた、でも情感がじわっと伝わってくる素晴らしい歌詞なのだが。

 で、今まで知らなかったのだが、3年前にアイルランドの歌手ローナン・キーティングBoyzoneというアイドルグループのメンバーだったらしい)がこの曲をカヴァーして、イギリスで2位まであがる大ヒットになっていた。興味深いのは、歌詞をかなり直していることだ。まず設定がシンガーソングライターからシンガーになっている。(オリジナルでは彼女が眠っている間主人公は曲を作ろうと試みているがそこは変更になっている)全体的に売れないシンガーソングライターじゃなく、仕事と愛情の間で揺れる人気シンガーというニュアンスだ。
 それから、なにより僕がうなってしまったのが歌の冒頭、夜遅く演奏が終わって家に帰った主人公は、彼女を起こさないように灯りをつけずに着替えようとすると、彼女が静かに「今日(の演奏は)どうだった?」と聞いてきて「よかったよ (It was alright だからとりたてて良かったというニュアンスじゃないけど)」と答えるというくだりがあって、なんか独特の情感があって好きなところなんだけど、ローナンのバージョンでは帰ってきていきなり彼女にキスして起こす(もちろんかなりロマンティックな表現をしているが)ので、やっぱり今は21世紀だし、彼はイケメンだし、しょうがないのか、と複雑な気持ちになった。まあ、こんなことで複雑な気持ちになっているのは世界で俺一人だと思うけど。

 さて、長くなってしまったが、「She Believes in me」はスティーヴ・ギブの、売れないソングライターだったときの、本当のことを歌ったものだと思う。成功が見えない切羽詰まった状況の中で、自分の本当にリアルな思いをつづった渾身の作品のはずだ。そして、彼の自演バージョンの「She Believes in Me」はそんなリアリティーがじわっと伝わってきて個人的には一番好きだ。ただ、この自演バージョンの入ったアルバム「モノクローム(Let My Song)」は権利の問題か、残念ながらCD化されてはいない。(LP当時は田中康夫の「なんとなくクリスタル」にピックアップされたこともあって国内盤が出ていた。)



ケニー・ロジャース「She Believes In Me」